[心に響く写真を撮りたい]

― touch the heart ―


第3回 [街] 中国 蘇州の古い街並

 

蘇州に住み始めたのは2002年1月。もう14年も前のことになります。途中台湾駐在時代があったものの、今(2016年2月現在)はまた蘇州に住んでいます。

この間中国は急速に発展し、蘇州もまた大きな変化を遂げました。

古都京都のように古い街並を残している反面、超近代的な建物も多く、そのギャップはとても大きいです。今回はその昔ながらの古い街並をスナップ写真でご紹介したいと思います。



私は理科系人間なので歴史は苦手。でもそんな私でも蘇州の古い街並はすでに観光地化されつつあり、『古民家カフェ』のようなところがあって、観光客がぶらり歩きし易い街並になっています。もちろんまだそんな古い街並に住んでおられる住宅地もあり、近代的なマンションの生活とは違う世界観も残っています。それらは今後保護地区になって行くと思われます。

私が蘇州に来た時はこれから中国が発展して行くという時でした。その頃これだけ中国が急激な発展を遂げるとは思いもしませんでした。私の住む蘇州工業園区ではタクシーすら見つけるのが大変なくらい車は走っていませんでしたし、バス代は1元(当時のレートで15円ぐらい)でしたが、バスはボロボロで底に穴が開いていて、路面が見えるバスが走っていた覚えがあります。




中国の土地はすべて国有地。これら古い街並も経済の発展に伴い取り壊され、近代的な建物に生まれ変わっています。日本ならば再開発のための買収だけでかなりの時間を要すると思いますが、国有地である中国ではあっという間に立ち退かされ再開発へ。

蘇州は地震がほとんどありません。私が住み始めてからの記憶では1回だけ、それも震度1~2程度でした。

それでもその時たくさんの人が屋外に飛び出したとか。実はその時私は地震があったことすら気づきませんでした。それほど地震がないこともあり、建物の構造も日本に比べると貧弱です。ただその分建物の設計に自由度が高くデザインは斬新的で、工期も短くあっという間に街の様子が変わって行きます。少し寂しいですが、蘇州の古い街並はどんどん少なくなって来ています。



私が蘇州に来た2002年は物価が安く、昼食を取りに近くのラーメン屋へ行くと一杯5元(当時のレートで70円程度)で毎日の昼食は100円程度で済んでいました。今は昼食の弁当でも400~500円程度掛かります。経済の急激な発展は人件費と共に物価の急激な上昇ももたらしました。生活環境は良くなりましたが、近くで事が済むようになり、蘇州の街へ出掛けることがなくなりました。

以前は高速道路も発達していなかったため、客先へ行くにも地道を車で2時間、途中の道端で日本ならば1500円ぐらいしそうなスイカが150円ぐらいで売っていたりして買って帰ることもありました。今は高速道路網が発達し、30分で行けるようになりました。蘇州らしい生活、古き良き時代はもうどこかに行ってしまったような感じがしています。




[コラム3] 写真、そしてカメラとの出会い


写真を撮り始めてかれこれ30年。写真技術は今もビギナーかなぁ。30年前書店で見た写真雑誌が写真を撮る切っ掛けに。

『こんな写真プロが特別な機材を使って撮ってるんやろなぁ』

そう思って見た撮影データが市販されている一眼レフカメラだった。はじめて買った一眼レフカメラは当時テレビCMが良く流れていたミノルタα7000。小さなカメラ屋さんで買った世界初のオートフォーカス一眼レフカメラだった。もう何十年も使っていないが今も手元に残っている。

 

当時はフイルムカメラだった。目で見て『ダイナミックな風景だ!』と思い撮った写真が、プリントされて出来上がって来ると思ったのと違う。人間の目で見る風景は脳で処理される。だから目で見る風景は作られたものらしい。だから見た目と違うカメラで撮る写真は難しい。では素敵だと感じる写真はどんなものだろうか? その多くは少し非現実的な写真ではないかと思う。だから背景がボケたような人の目では見れない写真がかっこよく見えたりするのだろう。